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【2024/05/06 02:25 】 |
ネコの手も借りました

お江戸八百屋町。
当時から人口およそ100万と、世界に類を見ない
大都市だった江戸の町。
その江戸の町を警護する同心の数は、南北合わせて200人ほどでした。

ムリですよ。

こんな少人数で、過密都市、江戸の治安を守れるわけがありません。

というわけで、今回は、同心の皆さんの手足となって働いていた
「ネコの手」の人々をご紹介します。

そもそも、時代劇などでは同心が一人で市中をぷらぷら
歩いていますが、実際はお供のものが同心の荷物を背負って
付き従っていたのです。
同心の皆さんは、現代のサラリーマンのようにビジネス鞄など
持って歩きません。とはいえ、色々と携帯しなければならない
物はありましたので、それらを入れた箱を背負って
着いてくる人が必要だったのです。

現代で言えば、カバン持ち。
うらやましいご身分です。
このカバン持ちさんは、奉行所から派遣(?)されている
中間の皆さんで、カバン持ち以外にも、おうちの雑用をしたり
捕り物のお手伝いをしたりする家来のような人でした。

ですが、同心の皆さんの周囲には、中間の他にも様々な
人間がうろちょろしていたようです。

その代表が、小者や岡っ引きです。
有名なのは、銭を投げるあの人ですね。

小者というのは、生業を持っていながら
「やりたーい!やらせてくださーい!!」
と、頼みもしないのに同心の仕事を手伝い
勢いでいつの間にか同心の家に上がり込む
ありがたいんだか迷惑なんだか、微妙な感じの人です。

一応、役には立つので、同心のポケットマネーで心ばかりのお給料が
支払われていたようです。
奉行所も、同心が使っている小者までは、なんとなく把握していたようです。

これに対し岡っ引とは、同心の家に上がり込むこともなければ
お給料を貰うこともない。
実際に使っている同心以外は、奉行所や、他の同心すら把握すること
のない、超非公式な存在だったようです。

そのため、岡っ引や、更にその手下の下っ引になると、誰が誰の
配下なのか、かなりアバウトだったようです。
たとえば何かネタを掴んだときも、必ずしも決まった同心の元にタレこむ
とは限らなかったようです。
そのときそのときで、自分に都合のいい旦那に擦り寄っていた
ようですな。

こうなると、まさに、ある家ではミィ、またある家ではタマと
呼ばれながら、各家でちゃっかり餌をごちそうになる
したたか猫と同じですね。

まさに、ネコの手(^^;)

描き慣れないわ

描き慣れないもので、かなり稚拙な萌え絵になりました。
あ、萌え絵のつもりです、一応。

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【2009/03/29 22:59 】 | 同心の生態
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